実録・自分の浮気

【自分の浮気】パート先の店長に口説かれて…

こんにちは。浮気探偵.com~浮気成敗コラム~です。本日は「実録・自分の浮気」として、女性の浮気体験談をお伝えします。まずは、この体験談に登場する人物を紹介します。

登場人物
・私 30代女性:既婚者
・夫 40代男性
・パート先の店長 不倫相手
・娘 中学1年生
・娘の友人 Aちゃん

私の浮気 パート先の店長に口説かれて…

店長

いけないことだとは、分かっていたんです…。

娘が小学校6年生になった頃、子育ても落ち着いてきたので、10時~15時までパートの仕事を始めようと夫に相談しました。

近所と言うほど近くもないけれど、そんなに遠くもない通いやすい距離にあるカフェで、業務内容が難しくないこと(家にまで持ち込まない内容であること)、娘の帰宅時間までには帰れること、扶養の範囲内の給料であること等、さまざまなことを検討して、夫もOKをしてくれました。

娘が生まれてから、専業主婦として家のことだけに専念していた私にとって、外での仕事は何もかもが新鮮でした。何より、家族以外の誰かに必要とされていることで、社会との繋がりを実感することができました。

パートを始めてから3ヵ月が過ぎた頃でしょうか。突然、パート先の店長から口説かれました。

最初は冗談だと思っていたんです。店長は私より年下だし、カフェでは若くて可愛い子たちも働いています。お客さんだって綺麗なOLさんが多くて、アラフォーの私を選ぶ理由が見当たりません。

しかし、店長の想いは本物で、何度も口説かれ、真面目な顔で告白もされました。決して私は押しに弱いわけではありません…。きっと心のどこかで嬉しかったのでしょう。「内緒で」を条件に想いを受け入れることにしました。

浮気が始まり生活に狂いが

それまでの反動でしょうか。

真面目に育児と家事を両立させていた12年間が、私を開放的にしてしまいました。店長が伝えてくれる愛の言葉は、恥ずかしいけれど嬉しくて、母や妻としてではなく女性としての喜びを感じ、あっと言う間に私は浮気にのめり込んで行きました。

パートが終わってから店長のシフトあがりを待ってホテルへ行っていたので、自宅へ帰る時間が遅くなり、家事をする時間もなくなってきました。

夫にはバレていないつもりでしたが、後になって早い段階で気付かれていたと知ります。しかし、その時の私は知る由もなく、娘さえ誤魔化せれば大丈夫だと思っていたのです。

小6だった娘は中学生になり、給食がない学校だったので毎日お弁当が必要になりました。最初のうちは夕飯の支度と一緒にお弁当箱へ詰めて、冷蔵庫で保管していたのですが、そのうち夕飯をまともに作る時間さえなくなり、娘にはランチ代として500円を渡すようになってしまいました。

「これで登校途中にパンでも買いなさい」

夫は娘から聞いたのでしょう。ある日、何も言わずに私より早く起き、娘のお弁当を作って手渡していました。さすがに申し訳ない気持ちになり「明日からはきちんと早起きするから」と言ったのですが、「料理は好きだから苦にならない」と断られ、翌日以降も夫が娘のお弁当を作るようになりました。

お弁当を作るついでに。

そう言って夫は朝食の支度も行うようになり、その際に夕飯の下ごしらえまで済ませるので、私の家事は掃除と洗濯くらいしかなくなりました。

手渡された封筒に浮気の証拠がぎっしりと!

封筒

娘にはAちゃんという親友がいました。

Aちゃんのお母さんはシングルマザーで、仕事と家事・育児を両立していたため、いつの頃からか夫がAちゃんの分もお弁当を作るようになっていました。

夫の料理の腕は格段に上がって、学校の友達からも羨ましがられるお弁当になっていたようです。Aちゃんのお母さんから感謝の電話をもらったこともありましたが、私の心中は複雑でした。

ある日、いつものようにパートの店長とホテルでの浮気を終えて自宅へ戻ると、夫が座って待っていました。娘はAちゃんの自宅へお泊りに行ったようです。

「あなた、今日は帰りが早いのね。ところで、どうしたの?かしこまって」

私の問いに夫は言いました。

「店長との時間は楽しんで来たか?」

心臓が口から飛び出しそうでした。

何も答えない私に夫は分厚い封筒を渡しました。中には、これまで私がしてきた店長との浮気の証拠と、家事放棄の証拠が詰まっていました。何の言い逃れのできない状況です。

写真の中の私たちは、どこから見ても恋人そのもので、べったりと寄り添いながらホテルへ入り、数時間後には、再び寄り添いながらホテルから出て来る写真までありました。しかも「たった1回」と言い訳ができないように、何日にも渡った写真です。

「離婚だけは勘弁して欲しい」

いくら私がお願いをしても、聞き入れてもらうことはできませんでした。

「慰謝料は請求しないけれど、親権は譲らない」

慰謝料を払ってでも親権だけは欲しいと訴え続けましたが、これまでの家事放棄を突かれ、娘のためにも絶対に譲ることはできないと言われました。

店長には慰謝料の請求。そして私はー。

私が封筒を受け取っていた頃、店長も一通の郵便を受け取っていたようです。

そこには、私が見た写真と同じものが入っており、300万円の慰謝料を請求する旨が記載されていたと言います。店長から私に電話が掛かって来たのですが、夫が電話を奪い「慰謝料を支払わなければ会社にも連絡をする」と伝えたため、店長は慰謝料の支払いに応じました。

こうして私は離婚をすることになりました。

娘も家も失い、カフェでの仕事も失いました。もちろん、店長との関係も終わりました。養育費を月々5万円支払うことになり、また、賃貸で借りた部屋の家賃や生活費もあるため、今はアルバイトを掛け持ちして暮らしています。

店長のことは、どうしても失いたくないほど好きだったわけでもないのに…。ほんの少しの気の緩みで、私は全てを失いました。

浮気をしている人のほとんどが、真剣な恋愛ではなく、私のように好奇心や刺激を求めているのだと思います。それがいかに、くだらないことで、悲しい結末になるのかを知って欲しくて、こうして惨めな体験談をお伝えしています。

一瞬の魔や一瞬の悦びが、とんでもない後悔に繋がります。皆さんも気をつけて下さい。

私みたいにならないように…。

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